大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(ワ)8384号 判決

原告 張元沢

被告 高橋繊維株式会社

主文

被告は原告に対し別紙目録〈省略〉記載の建物部分の明渡をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告が金五〇万円の担保をたてたときは、仮に執行することができる。

事実

一、請求の趣旨

(1)  主文第一、二項同旨

(2)  仮執行の宣言。

二、請求の原因

(1)  原告は、別紙目録記載の建物を所有している。すなわち、本件建物は、もと訴外高啓司の所有に属していたものであるが、昭和三四年一一月二六日訴外商工組合中央金庫のため本件建物につき根抵当権設定登記がなされ、昭和三八年四月一三日同金庫の申立により東京地方裁判所において競売手続開始決定がなされ、同月一五日競売申立の登記がなされた。その後昭和三九年七月三〇日訴外幸中寅之助が本件建物を競落し、昭和四〇年六月一五日その旨の登記をし、さらに同年八月一三日原告が幸中から本件建物を買受け、同日その旨の登記をした。

(2)  被告は本件建物のうち別紙目録記載の建物部分を占有している。なお、高は昭和三七年六月被告に対し本件建物部分を競売許可決定の確定までとの特約つきで賃貸したが、右賃貸借は、その確定の日である昭和四〇年六月一五日限り終了した。

三、請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

四、請求原因に対する答弁

被告が高から本件建物部分を賃借した際、競売開始決定の確定までとの期間の特約があつたとの点を除いて全て認める。右賃貸借契約には期間の定めはない。

五、被告の抗弁と原告の認否

(一)  通謀虚偽表示の抗弁

原告が主張する幸中との間の本件建物の売買契約は虚偽表示によるものであるから無効である。すなわち、本件建物は高が幸中から買受けたものであるが、高は被告に対し本件建物部分の明渡しを求めるため、原告および幸中と通謀して幸中が原告に対し本件建物を売り渡した旨の所有権移転登記をし、原告が本件建物の所有権を取得したかのように仮装したものである。

(二)  信託法第一一条違反の抗弁(予備的抗弁)

かりに右虚偽表示の事実が認められないとしても、本件建物を幸中から買戻した高が原告に本件建物部分明渡の訴訟をさせることを主たる目的として本件建物を譲渡したものであるから、右譲渡は信託法第一一条に違反して無効である。

(三)  権利濫用の抗弁(予備的抗弁)

かりに右(一)、(二)の事実が認められないとしても、原告は、本件建物が幸中から高が買戻したものであることを知りながら、訴訟することを目的として本件建物の譲渡を受けたものであるから、被告に対し本件建物部分の明渡を求めることは権利の濫用であり、許されない。

(四)  原告の認否

抗弁事実を否認する。

六、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因事実については、賃貸借契約の期間の特約の点を除いて、当事者間に争いがない。

二、そこで、まず被告の通謀虚偽表示及び信託法第一一条違反の抗弁について判断する。証人幸中寅之助の証言、原告本人尋問の結果によれば、真実原告が幸中から本件建物を買受けた事実が認められ、被告代表者の本人尋問の結果によつても、まだ被告主張の各事実を認めるに足りないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。

三、ところが、期間の定めのない賃貸借は民法第三九五条の関係では、抵当権者に対抗することのできる短期賃貸借に該当するものと解するのを相当とするところ、被告の賃借権は、本件建物部分引渡により第三者に対する対抗要件をも具備したものであるから、被告は該賃借権をもつて競落人から本件建物の譲渡を受けた原告にも対抗することができ、従つて、原告は本件建物の所有権を取得すると同時に、競落人の被告に対する賃貸人たる地位を承継したものといわなければならない。

そこで、原告の解約申入について判断する。原告が本件訴状をもつて、本件建物所有権に基き本件建物部分の占有者たる被告に対し明渡を求めていることは記録上明らかである。そして、右請求は、当事者間の賃貸借関係の存続と相容れない意思の表明であるから、前記のように原、被告間において賃貸借が存在しているものとする以上、これを将来に向つて断絶しようとの意思、すなわち、賃貸借解約の意思表示をも含むものと解すべきであり、従つて、本件訴状が被告に送達されたこと記録上明らかな昭和四〇年一〇月六日に解約告知の効果が生じたものとみなければならない。ところで、借家法第一条ノ二は賃貸借の解約申入には正当事由あることを必要とする旨規定する。そして、右規定は、抵当権設定後になされた期間の定めのない賃貸借についても、適用あるものと解するのが相当であるが、右解約の申入において賃貸人たる原告に要求される正当事由を考察するについては、民法第三九五条の趣旨に鑑み、抵当権設定後の期間の定めのない賃貸借であることを考慮すると共に、諸般の事情を考慮してその要件を相当程度に緩和して判断すべきである。

ところが、本件建物の競落許可決定は昭和三八年四月一三日になされ、本件賃貨借成立後すでに三年を経過しているのであるから、期間の定めのある場合でも右決定以後は当事者間においての更新および借家法第二条による法定更新は、右競落許可決定の差押の効力に基き認められないことを考慮すると、他に特別の事情の認められない本件においては、本件解約申入は、正当事由あるものと認めざるを得ない。そうすると、右解約申入の日から六カ月経過した昭和四一年四月六日限り本件賃貸借は終了し、翌七日以降被告は本件建物部分を占有する権原を失つたものというべく、被告が原告に対し本件建物部分を明渡す義務のあることは明白である。

四、なお、被告は、原告の本件建物部分の明渡し請求は権利の濫用であると抗弁するが、被告代表者の本人尋問の結果によつても原告の権利の行使が権利の濫用と認むべき特段の事情を認めるに足りないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。よつて、原告の請求は、すべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田嶋重徳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例